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第二回 青春のつづき(神奈川県の不妊専門鍼灸院の妊活ブログ)

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こんにちは。神奈川県藤沢市の不妊整体 不妊鍼灸専門院 ファンクショナルマッサージ治療室です!

前回に続き、妊活の実話の物語(仮名)をご紹介します。

ご本人の了承を頂いてこちらに綴らせていただきます。

第二回 青春のつづき

僕が脱サラを望んだ三十五歳当時、若い日に燃え盛っていた性的な欲望もそろそろ落ち着きを見せはじめていた。というか、二人してそれほど熱心なほうでもなかったから、回数が減ったことに関しては問題になったことも話題に上ったこともなかった。
二人、うっすらと『子供ができたらいいなぁ…』と思いつつ…僕は『もう無理かもなぁ…』とやはりうっすら考えていた。
マコがどう考えていたかはわからないけれど…。
基礎体温をつけたり排卵のタイミングをはかったりというようなことはまったくなかったので、やはり彼女にとっても妊娠出産のイメージは『ふわっ』としたどこかヨソの世界の出来事だったと思う。追いつめられた様子もなく、年に何回か旅行に出かけ、仕事も充実していて二十代の延長のような三十代前半だった。
僕はといえば文士気取りでカフェに入りびたり。都会を逃れてきたアーティストもたくさん住んでいて、マリンスポーツが苦手な文系男子にも湘南はとても楽しい場所だった。僕もマコと同じように青春のつづきを楽しんでいた。
御成町の喫茶店で依頼された構成台本を仕上げていると、仕事を終えたマコが入ってくる。僕の職場は横浜で彼女の職場が極楽寺だったから、鎌倉でいつも落ちあわせていた。KINOKUNIYAだのUnionだの高級スーパーで見切り品を探しては、ふたりキャーキャーはしゃぎながら自宅まで帰った。
要するに楽しすぎたのだ。年齢に似合わない、分不相応な生活をあたえられたことが自然妊娠のチャンスを逃してしまった最大の原因だろう。
僕とマコは二人だけの生活になんの不足も感じていなかった。
そうして竜宮城での楽しい年月は流れ、三十代後半は突然に降りかかった。
まず、最初にアセりだしたのは僕だ。
副業のライティングはイイ線のりはじめていた。人気もギャラの上昇も加速がついてザラなライターより頭ひとつ抜けていた。
このまま行けばサラリーマンで人生終わり。やめるなら気力体力が充実している今だ。ここでバリバリ仕事をしてライターとしての地位を確立するのだ。四十過ぎてからの脱サラでは遅すぎる。
高校時代からつきあっているマコは僕がどういう人間かをよく理解していた。僕がやっていることの価値も…。
人生の抜き差しならない危機に一度も遭遇したことがないマコは、やはり『ふんわり』と僕の危機感を理解してくれた。タキグチ ヒロカズのライター人生がここにスタートしたのだ。
だが、その直後…三十代後半は突然マコにも襲いかかった。
今度は彼女が抜き差しならない焦りを感じる番だった。

次回に続く

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